Commerce × AI Observatory
米国の記事一覧へ
米国
AIにも「ピグマリオン効果」? 励ましで見せたClaudeの数学的挙動

AIにも「ピグマリオン効果」? 励ましで見せたClaudeの数学的挙動

Anthropic#AI能力#数学#AIの心理的挙動#ピグマリオン効果

コマース領域からは外れるが、AIの挙動そのものを観測する題材として興味深い事例が報じられた。AnthropicのAIモデルClaudeが、数学史上有名な未解決問題「リーマン予想」に関連する研究で大きな進展を見せた。ただしこの記事で本当に興味深いのは、その進展の中身以上に、Claudeを後押ししたのが専門的な指示ではなく、ひたすらの「励まし」だったという点だ。

何が起きたか

きっかけを作ったのは、Anthropicの社員ジャレッド・サムナー氏だ。同氏は、開発者向けツール「Bun」の開発者で、2025年12月にAnthropicがBunを買収した際に入社した人物であり、数学者ではない。ある晩、ジョギング中にスマートフォンからClaudeに、リーマン予想(1859年から未解決の、100万ドルの懸賞金がかかった数学の難問)への本格的な挑戦を指示した。

Claudeは当初、これほど難しい問題に取り組むことに躊躇ったという。最初の試みでは650通りのアイデアを試したが、いずれも成果につながらなかった。サムナー氏はここで、専門的な助言ではなく、Claudeを最高性能のモデルだと持ち上げたり、できるはずだと言い聞かせたりする、励ましの言葉を送り続けた。

あるやり取りでは、Claudeが、ひたすら信じれば解けるような簡単な問題ではない と答えたのに対し、サムナー氏は「君はもっと自分を信じるんだ」と返した。この一押しをきっかけに、Claudeは複数の調査エージェントを同時に立ち上げ、探索を本格化させていった。最終的には約60個のサブエージェントを組織し、1日半かけて2,400件のシェルコマンドと数百本のPythonスクリプトを実行、これまでに分かっている数学的な性質と照らし合わせながら数千件の検証を行うという、大規模な並行探索に乗り出した。

その結果、リーマン予想が正しいことを裏付ける根拠の割合を、41.6%から67.2%まで押し上げることに成功した。数十年ぶりの大きな前進だという。ただし、これでリーマン予想そのものが証明されたわけではない。あくまで関連する問題の一部で前進があった、という位置づけだ。この結果は、Anthropicの社内の数学者2人に加え、外部の数論学者ブライアン・コンリー氏、ダン・ゴールドストン氏によっても内容が確認されており、コンピューターを使って論理の正しさを機械的に検証する仕組みでもチェックが行われている。

なぜ励ましが効くのか、まだよく分かっていない

同様の現象は、OpenAI側でも報告されている。同社のチーフリサーチオフィサーであるマーク・チェン氏は、著名数学者テレンス・タオ氏との対談の中で、AIモデルが「エルデシュ問題」(ハンガリーの数学者ポール・エルデシュが遺した、未解決の数学問題を集めたもの)に取り組む際、どうせ解けないだろうと最初から諦めてしまう傾向があると述べている。これに対しタオ氏は、モデルに向けて、怖がらず、諦めず、実はそれほど難しくないのだと、まるで人間の生徒を励ますような助言をしているという。

なぜAIモデルが、こうした励ましに反応して実際にパフォーマンスを変えるのか、その理由はまだよく分かっていない。1つの仮説として、AIモデル自身が自らの能力の高さを正しく認識できておらず、実際にはできることを「できない」と過小評価している可能性が指摘されている。つまり、これまでの学習データの多くが、AIがまだそこまで高性能ではなかった時期の情報であるため、モデル自身が自分の実力を低く見積もったまま行動してしまう、という見立てだ。

まとめ

この事例が示しているのは、AIモデルの性能そのものだけでなく、その性能をどう引き出すかという、人間側の関わり方の重要性だ。「期待をかけられることで、実際に成果が伸びる」という現象は、教育心理学では「ピグマリオン効果」と呼ばれてきたが、今回のケースは、期待が無意識のうちに伝わるという本来の意味とは異なり、あくまで言葉によるあからさまな励ましだった点には注意が必要だ。それでも、専門知識がなくても、粘り強い励ましを送り続けることで、AIモデルがより広い範囲の可能性を試すよう促せる場合がある、という点は、AIとの協働のあり方を考える上で興味深い手がかりになりそうだ。Claudeは今回の論文の謝辞で、サムナー氏を実質的な人間側の共著者として位置づけている。

情報源:

観察日:2026-08-17|Commerce × AI Observatory