
AIエージェントが変える買い物 ECサイト生き残りのカギは『LLMO』
欲しい品物や予算をAI(人工知能)に伝え、あとは提示された選択肢から選んでクリックするだけ――。買い物を支援するAIエージェントの広がりが、EC(電子商取引)のあり方を変えつつある。米国では、消費者・小売り・決済インフラの各プレーヤーが、それぞれの立場でこの変化への対応を始めている。
消費者側で進む「AIエージェント任せ」の買い物
フロリダ州在住のエンジニア、チャールズ・ジンクさんは、ほとんどの品物をAIエージェント経由で購入するようになった。自作のアプリからアマゾン・ドット・コムやウォルマートが自社ECサイトに組み込むAIエージェントに接続し、買い物を済ませている。以前は少し高価な買い物の前にネット掲示板のレディットや、ブログ、ユーチューブのレビューを大量に読み込んでいたが、いまはAIに「トップ3」を尋ねて選ぶだけになったという。一定額までの買い物ならAIの薦める商品をそのまま信頼するといい、買い物の目的が明確になったことで衝動買いが減るという副次的な効果もあったと話す。
売る側のウォルマートも、自社アプリのトップ画面に自社開発のAIエージェント「Sparky」を据える。「予算内でバーベキューの材料一式を、最寄り店舗で受け取りたい」といった自然な言葉での指示に対し、購入履歴から学習した好みも踏まえて商品リストを提示し、その場で注文を完了できる。ウォルマートのジョン・ファーナーCEOは、AIエージェント経由の顧客は平均注文額が通常より大きく伸びており、同社の売上高成長の多くをこの仕組みが生み出していると説明しているという。
売る側に迫る「SEOからLLMO」への転換
消費者がAIエージェントに買い物を委ねるようになるほど、売る側は「AIに選ばれるサイトかどうか」を意識せざるを得なくなる。従来、ECサイトは訪れた人間の目を引くようにデザインされてきたが、これからはAIエージェントが必要な情報を的確に読み取れるかどうかが重要になる。
フランスのIT企業ミラクル(Mirakl)でAI戦略を担当するアンヌ=クレア・バシェ氏は、この変化を象徴する事例を紹介している。ある企業が、従来は商品ページに掲載していたよくある質問(FAQ)を、人間の目には触れないメタ情報の中に記載し直したところ、AIの回答内で推薦される確率が格段に高まったという。ミラクルは2012年にパリで創業されたフランス企業で、小売企業がサイト上に外部の出品者を招き入れる「マーケットプレイス」機能を構築・運営するためのソフトウエアを提供している。2020年にはユニコーン(評価額10億ドル超の未上場企業)となった。ベストバイやメイシーズなど米大手小売りのマーケットプレイス構築を手掛けてきたことで知られる。
バシェ氏によれば、こうした「SEO(検索エンジン最適化)」ならぬ「LLMO(大規模言語モデル最適化)」への対応を整えている企業はごく一部にとどまるという。一方でこの状況は、規模の小さな企業が急成長を狙える機会にもなり得る。アマゾンのような巨大ECプラットフォームを介さず、自社サイトに直接AIエージェントを呼び込めれば、手数料や広告費を払わずに済むためだ。バシェ氏は、今のうちから備えておくべきだと強調しているという。
決済もAIエージェントに委ねる基盤づくり
買い物の意思決定だけでなく、決済そのものをAIエージェントに委ねる仕組みづくりも進む。ステーブルコイン発行のサークル(Circle)の共同創業者ショーン・ネビル氏が設立した米フィンテック企業「Catena」は、AIエージェント同士が日常的に取引する未来を見据え、AI向けの銀行基盤を開発している。企業はあらかじめAIエージェントが決済できる金額の上限や取引先、支払い方法を設定しておき、AIはその権限の範囲内であれば現金やステーブルコインで自動的に決済し、範囲外の取引は停止するか人に承認を求める。ネビル氏は、こうした具体的な体験を積み重ねることで、AIエージェントによる取引への信頼が徐々に築かれていくとみている。
決済大手のビザも、AI向けのカード機能の提供を始めた。AIエージェントにカード番号そのものを渡すのではなく、その場限りで使えるトークンを発行して決済を完了させ、商品が届かないといったトラブルにも事後に対応できるよう決済記録を確認可能にしている。ビザはすでに30社超にこの機能を提供しており、各社が具体的なサービスの開発を進めている。オープンAIとの提携も発表しており、ChatGPTなどで決済機能を使えるようにする方針だという。
巨大市場への期待と「淘汰」の危機感
コンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーは、AIエージェントが関わる小売りの市場規模が2030年に世界で3兆〜5兆ドル規模に達すると推計しており、これは世界全体の取引の1〜2割に迫る水準だという。同社のロジャー・ロバーツ氏は、AIエージェントを使った買い物の普及が加速していると指摘する。日々の食材の買い物などでAIエージェントの使い勝手の良さを実感した消費者が、旅行や洋服選びといった用途にも利用を広げ始めているという。
AIエージェントが買い物の主役になる時代に、どの企業が勝ち残るかはまだ見通せない。急成長のチャンスがある一方、対応が遅れた企業は競争から取り残されかねない状況が、米国のECを覆いつつある。
情報源:
- 買い物エージェントが促すECサイト淘汰 生き残りのカギ握る「LLMO」(日本経済新聞、ニューヨーク=朝田賢治、城川和真、2026年8月25日、会員限定記事)
観察日:2026-08-25|Commerce × AI Observatory
