
企業のAI投資、ROIの実態は「勝者総取り」 WSJ Technology Council Summitで浮き彫りに
ニューヨークで開催された「WSJ Technology Council Summit」で今週、AIのコストと実際に生み出す価値のギャップが主要な論点の一つとなった。経営層はAIが事業を変革する可能性に強い期待を示す一方、2026年のトークン予算を自社でも正確に把握できていないと認め、当初計画の3倍近くまで膨らんだという声もあったという。
「投資の大半は負のROI」、しかし一部が全体を牽引する構図
企業向けAI検索・業務アシスタント「Glean」の創業者兼CEOであるアルビンド・ジェイン氏は「ROIの多くを測定するのは難しい」と述べた。AIハーネス企業Retoolのデビッド・スー氏によれば、フォーチュン500企業の顧客の間では、トークン支出に対して3〜5倍のリターンを得ているケースも多いが、用途ごとの差は非常に大きいという。スー氏は「支出しているトークンの90%はおそらく負のROIで、残り10%のトークンがROIの大部分を牽引している」と述べている。ある企業の従業員がAIで構築した自動不在応答システムが、1日1万ドルのコストを生んでいた例も紹介された。
McKinsey & Companyでテクノロジー・AI部門をグローバルで統括するシニアパートナー、ケイト・スメイジ氏はさらに厳しい見方を示した。McKinseyの最新調査では、従業員の80%がAIによって生産性が向上したと感じている一方、投資家に示せるような実質的で測定可能な財務的ROIを得ている企業はわずか6%だという。スメイジ氏は「現実には、ほとんどの人はAIから価値を得られていない。だが、価値を得ている企業はごく一部に極端に集中している」と述べた。ある作業でAIが時間を短縮できたとしても、それを1日の稼働時間全体に単純に外挿して考えるべきではないとも指摘している。あくまでタスク単位の時短効果であって、それがそのまま会社にとっての賃金削減や人員削減につながるわけではないという。
可視化ダッシュボード、決定論的ワークフローへの切り替え、そして「人材への投資」
ROI改善に向けては複数の論点が示された。ジェイン氏は、社内の誰が何にAIを使っているかを細かく可視化するダッシュボードへの投資が第一歩だとした上で、営業担当者がAIで失注案件を分析させたところ、その分析コスト自体が失った契約の価値を上回っていた例を挙げた。スー氏は、従業員数よりAIエージェントの数が多いことを誇っていた、あるコスト最適化に取り組む企業の事例も紹介した。調べてみると、エージェントに任せていた課題のうち95%は、AIエージェントよりもあらかじめ決められた手順で動く「決定論的(ルールベース)」なワークフローの方が適していることが判明したという。実際にそちらへ切り替えたところ、2000万〜3000万ドルのコスト削減につながった。生成AIを使う場面でも、あらゆる用途に最先端のフロンティアモデルを使う必要はないとし、スメイジ氏は「スーパーでの買い物にフェラーリを運転する必要はない」と表現した。
もっとも重要な点として、スメイジ氏は従業員の再教育(アップスキリング)と組織的な変革管理を挙げた。実際に成果を上げている6%の企業は「AIによる変革を、技術の変革としてではなく、人材の変革として捉えている」という。技術に1ドル投資するなら、変革管理や再教育にも同額を投資できているかを問うべきだと述べている。
「人間が主導する」という共通認識
AIエージェントの暴走やAI開発の減速を求める声が相次いだ週でありながら、パネリストたちはAIが事業を変革するという確信と、そこから実際の価値を引き出すには人間を意思決定の中に残す必要があるという確信の両方を崩さなかった。IndeedのCIO兼CSOであるアンソニー・モイサン氏は「人間の判断こそが事業に大きな押し上げ効果を生んでいると思う」と述べ、目的は労働者を置き換えることではなく増強することだと強調した。スメイジ氏も「最も優れたAI導入事例の一部では、技術が答えの2〜3割にすぎず、残りは人間が積み上げたものだった」と述べている。AIセキュリティ企業KaiのCEO、ガリーナ・アントヴァ氏は「AIを主導するのは私たち人間であり、その逆ではない」と述べた。
MarsでMGS&デジタルテクノロジーを統括するマリナ・ベリーニ氏は「人の側と技術の側を別々に考えることはできない」と述べている。AI導入のROIを本当に引き上げられるかどうかは、技術投資と同じだけの熱量を人材・組織の変革に向けられるかにかかっている、というのが今回のサミットで示された共通認識といえそうだ。
情報源:
- Companies Struggle to Explain Their Own AI Investment Returns(WSJ CIO Journal、Isabelle Bousquette、2026年9月16日)
観察日:2026-09-16|Commerce × AI Observatory
